LCH-NDに対して、「免疫グロブリン療法は有効か」、「化学療法(抗がん剤治療)は有効か」、「BRAF/MEK阻害剤は有効か」の3つのCQを設定し、文献検索を行った。
文献検索を行うにあたって、CQごとに薬剤名が含まれるが、検索式でこれらを区別することが難しいため、3つのCQをまとめて検索する方法を選択した。Embase、MEDLINE、Cochrane、医中誌データベースを用いて網羅的検索を実施し、合計1904文献を一次スクリーニングの対象とした。二次スクリーニングの対象となったのは3文献であり、これにハンドサーチによる文献を加え、最終的に各CQのSystematic reviewに用いる文献数は以下のようになった。
当初、各CQに対してPICOを設定し、後述のようにアウトカムを評価することにより推奨決定する事を計画した。
しかしながら、全てのCQにおいてランダム化比較試験(RCT)や前方視的研究は存在せず、エビデンス不足のためSystematic Reviewによる推奨作成は困難であると判断し、CQを今後の研究が推奨される臨床疑問(Future research question [FQ])とした。このため、推奨文は提示せず、本診療ガイド作成メンバーによる意見をまとめたものを“ステートメント”として提示した。
| P: | 全てのランゲルハンス細胞組織球症関連中枢神経変性症(LCH-ND) |
|---|---|
| I: | 免疫グロブリン療法を実施したLCH-ND患者 |
| C: | 免疫グロブリン療法を実施していないLCH-ND患者 |
| O: | 神経症状の改善あるいは進行抑制、免疫グロブリン投与による副作用の増加、免疫グロブリン投与に伴う受診頻度の増加・医療費の負担増加 |
| P: | 全てのランゲルハンス細胞組織球症関連中枢神経変性症(LCH-ND) |
|---|---|
| I: | 化学療法(抗がん剤治療)を実施したLCH-ND患者 |
| C: | 化学療法(抗がん剤治療)を実施していないLCH-ND患者 |
| O: | 神経症状の改善あるいは進行抑制、化学療法(抗がん剤治療)による副作用の増加、化学療法(抗がん剤治療)投与に伴う受診頻度の増加・医療費の負担増加 |
| P: | 全てのランゲルハンス細胞組織球症関連中枢神経変性症(LCH-ND) |
|---|---|
| I: | BRAF/MEK阻害剤を実施したLCH-ND患者 |
| C: | BRAF/MEK阻害剤を実施していないLCH-ND患者 |
| O: | 神経症状の改善あるいは進行抑制、BRAF/MEK阻害剤による副作用の増加、BRAF/MEK阻害剤投与に伴う受診頻度の増加・医療費の負担増加 |
| ステートメント | 免疫グロブリン療法は、LCH-NDの進行を抑制する可能性がある。 |
|---|---|
| 背景 | 免疫グロブリン療法(以下、IVIG療法)は広く神経変性疾患、脳炎、脳症の治療として用いられている。LCH-NDに対しても、神経症状進行の抑制などを目的に行われた報告が散見される。 |
| 解説 | LCH-NDに対するIVIGの有用性についての報告は、本邦から行われたものが中心である。 海外からも、15年にわたりIVIG 1g/kg/月が継続され、症状進行が抑えられたという報告がある4)。また、BRAF変異陽性の多臓器型LCHに対しVemurafenib投与中に画像上ND(rND)を来した6症例のまとめにおいて、1例にIVIGを施行した、との記載がある5)。 |
| 今後の課題 | 本邦を中心に、LCH-NDに対するIVIG療法が行われており、症状および画像所見の進行抑制効果が報告されてきた。いずれも後方視的な報告であり、ステロイドや化学療法が併用されている例も含まれていた。また、長期にわたり継続された症例が多いが、これは月1回投与であり利便性が高いこと、化学療法と異なり有害事象が少ないことが要因と考えられる。 近年のイタリアの報告では、長期間にわたり症状の改善が確認された症例もあり、継続的な治療の選択肢として期待が持たれる。 欧米では、Histiocyte Societyが実施しているLCH-IV臨床試験の一部として、ND-LCHに対する観察研究が実施されている。この試験では、推奨治療としてシタラビン(Ara-C)単剤あるいはIVIG が提示されており、その結果が待たれる。 |
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| reference | 症例数(rND/cND) | IVIG投与量 | IVIG継続期間 | 併用薬 | NDの最終転帰 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 4 (2/2) |
400mg/kg/月 | 1年以上 | なし | 症状:ほぼ不変 3例、悪化 1例 |
| 2 | 5 (2/3) |
4例が400mg/kg/月 1例は250mg/kg/月 |
0.2-2.8年 | PSL±(MTX+6-MP)、or VBL(1か月毎) | MRI:4例で不変 症状:4例で不変、1例で悪化 |
| 3 | 8 (0/8) |
400mg/kg/月 | 3.7-10年以上 | 7例でPSL or DEX 4例で化学療法 |
MRI:5例で不変 症状:6例で不変、2例で悪化 |
| 4 | 1 (0/1) |
1g/kg/月 | 1年投与→半年休薬→悪化し再開し継続中(途中から半量) | 再開時よりMTX10-15mg/週併用 | MRI:17歳から29歳まで不変 症状:治療中は横ばい、休薬で悪化 |
| 5 | 1 (1/0) |
0.5g/kg/月 | 1年 | なし | 1年後にMRI所見の悪化あり |
| 6 | 11 (0/11) |
0.5g/kg/月 | 中央値1.7年(1-5.1年) | なし | MRI/症状:7例で改善、1例で不変、3例が悪化 |
rND: radiological neurodegenerative disease, cND: clinical neurodegenerative disease, PSL: prednisolone, MTX: methotrexate, 6-MP: 6-mercaptopurine, VBL: vinblastin
| ステートメント | 抗がん剤治療(シタラビン、クラドリビン、クロファラビンなど)は、LCH-NDの症状および画像所見の改善に対し一定の効果がある可能性がある。分子標的薬との併用療法も期待される。 |
|---|---|
| 背景 | 多臓器型LCHに対する標準治療は多剤併用化学療法であり、LCH-NDに対しても、同様に化学療法(抗がん剤治療)が試みられている。 |
| 解説 | 本邦では、1996年から2004年の間、IVIGにメソトレキセート(MTX)と6メルカプトプリン(6-MP)またはビンブラスチン(VBL)を組み合わせた治療が、LCH-NDに対する推奨治療とされていた。2008年にImashukuらが後方視的に解析し、5例中4例で症状、画像の進行が抑制されたと報告している2)。 Allenらは、8例の神経症状のあるLCH-NDに対し、シタラビン(Ara-C)単独またはAra-C+ビンクリスチン(VCR)の月1回投与を最大19か月継続した。全例で何らかの症状の改善が見られ、8例中7例で評価スコアの改善、5例で画像の改善が見られた、という良好な治療反応性を報告した3)。 一方で、本邦のImashukuらは、初期治療としてAra-C+VCRを投与した症例においてもLCH-NDの発症があることを提言している4)。 Ng Wing Tinらフランスのグループは、20例の中枢神経関連LCHに対しVBLを6mg/㎡/週で投与した。全体としては、Objective Response Rate(ORR)75%と良好な反応性を示したが、3例の小脳失調を伴うLCH-ND中2例が症状の進行、1例が不変であったと報告している5)。 Dhallらは、12例のLCH-ND(うち9例が神経症状あり)に対してクラドリビン(2CdA)を投与した。画像所見上、12例中8例でCR、4例がPRと画像所見に対して良好な反応性を示したが、神経症状は残存したと報告している6)。 Büchlerらも、25歳の患者に対して2CdAを5mg/㎡×5daysで6コース投与し、PET-CTの集積低下とMRI所見の改善を認めたが、神経症状は不変であったと報告している7)。 近年は、LCH-NDとBRAFV600E変異との関連が報告され、BRAF/MEK阻害薬と化学療法を組み合わせた報告も見られる。 |
| 今後の課題 | 少数の報告にとどまり、症例の集積が待たれる。Ara-C+VCR、クロファラビンまたはAra-Cと分子標的薬(BRAF阻害剤、MEK阻害剤)の組み合わせは、神経症状を改善する可能性があることが示された。一方、2CdAは、画像上の改善を認めるものの神経症状は不変であった、との報告が散見された。 IVIGと化学療法(Ara-C、6-MP、MTX)の組み合わせも、同様に症状進行の抑制効果を報告された。欧米では、LCH-IV臨床試験の一部として、ND-LCHに対する観察研究が実施されている。この試験では、推奨治療としてAra-C単剤あるいはIVIG が提示されており、その結果が待たれる。 |
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| 参考文献 | 症例数(rND/cND) | 化学療法の内容 | 投与期間 | 併用薬 | NDの転帰 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 10 (0/10) |
ATRA 45mg/㎡/day×6週→2w/月×1年 | 1年 | なし | MRI:不変 症状:不変 |
| 2 | 5 (2/3) |
PSL(2mg/kg/dose×5days/月) ±MTX(20mg/㎡/2週)と6-MP or VBL(1か月毎)に1か月毎のIVIGを併用。 |
2-34か月 | PSL | MRI:4例で不変 症状:4例で不変、1例で悪化 |
| 3 | 8 (0/8) |
VCR1.5mg/㎡ day1+Ara-C100mg/㎡ day1-5 or AraCのみ 1か月毎 | 4-19か月 | なし | MRI:5例で改善 症状:7例で改善 |
| 5 | 3 (0/3) |
VBL6mg/㎡/週×6週間→3週ごと | 中央値12か月(3-30) | Steroid | MRI:15例で改善 症状:3例中1例で不変、2例で進行 |
| 6 | 12 (3/9) |
2CdA 5-13mg/㎡(多数が5mg/㎡) day1-5 | 3か月~1年 | 1例のみ化学療法併用(詳細不明) | MRI:8例がCR 4例がPR(PRの4例中2例は10年進行なし、2例は2-3年で再増悪) |
| 7 | 1 (0/1) |
2CdA 5mg/㎡(day1-5) | 6コース | BP, Steroid | MRI:改善、症状:不変 |
| 8 | 7 (4/3) |
Ara-CまたはClo | 4-12 か月 | Dab,Tra, Cobi | rND群:3/4例がCRorPR cND群:3/3例が症状改善、うち2例で終了後再燃。 |
| 9 | 1 (1/0) |
LCH-Ⅳ stratumⅡ | なし | 症状:stable |
rND: radiological neurodegenerative disease, cND: clinical neurodegenerative disease, ATRA: all-trans retinoic acid, BP: bisphosphonate, Clo:clorafarabine, PSL: prednisoloneperdnisolone, MTX: methotrexate, 6-MP: 6-mercaptoprine, VBL: vinblastine, VCR: vincristine, Ara-C: cyitarabine, 2CdA: cradribine, ARS: ataxia rating scale, CR: complete response, PR: partial response, ORR: overall response rate, Dab:dabrafenib, Tra:trametinib, Cobi: cobimetinib
| ステートメント | LCH-NDに対するBRAF/MEK阻害剤投与は、症状および画像所見を改善する可能性がある。化学療法との併用の報告もあるが、少数である。阻害薬を中止後に再燃したとの報告があり、頻回にMRIを評価するなどの対処が必要である。また、再発/難治LCH例に対しVemurafenib投与中にLCH-NDを発症したとの報告があり、注意が必要である。 |
|---|---|
| 背景 | LCHをはじめとする組織球性腫瘍において、BRAFV600E変異を代表とするMAPK経路の異常がしばしば検出される。再発/難治LCHに対して、BRAF阻害剤やMEK阻害剤を使用し、良好な治療効果を得た報告が集まりつつある。一方で、BRAFV600E変異陽性の多臓器型LCHはLCH-NDへと進展する率が高く、LCH-NDに対しても阻害剤の効果が期待されている。 |
| 解説 | LCH-NDに対してBRAF/MEK阻害剤を使用した報告は限られている。McClainらは、4例のLCH-NDに対してMAPK経路の阻害薬(Vemurafenib、Dabrafenib、Trametinib)を使用し、経時的に末梢血単核球でのBRAFV600Eの検出頻度を評価した。4例中3例は阻害剤使用により画像および神経症状に改善があり、うち1例にComplete Response(CR)が得られた。残る1例は反応がなく、経時的に症状は悪化した。これらの治療反応性は末梢血のBRAFV600Eの検出頻度と相関したと報告されている1)。 また、再発/難治例と合わせて報告される文献も散見される。North American Consortium for Histiocytosis(NACHO)は、21例の再発/難治LCHに対してMAPK阻害剤を使用した。うち13例はLCH-ND症例で、PRが12例、SDが1例と多くの症例で何らかの反応を認めた。Grade3-4の副作用を21例中4例で認め、2例で用量調整が必要であった。また、中止後の再燃が多かったと報告している4)。 一方で、再発難治LCHに対してVemurafenibを投与中にLCH-NDを発症したとの報告もあり、注意が必要である。Trambustiらは画像所見のみの3例と神経症状を伴う3例を報告している。これらのうち、3例はVemurafenib増量、残り3例は多剤併用化学療法またはIVIGに治療切り替えがなされたが、全例でSDであった8)。 |
| 今後の課題 | LCH-NDにBRAF/MEK阻害剤を使用した報告は少ないが、一定の反応性を認めたとの報告が散見された。化学療法と併用することにより、良好な経過を得た報告もあり、安全性も含め症例の集積が待たれる。阻害薬の中止後に再燃したとの報告があり、頻回の画像フォローアップが推奨される。また、再発/難治LCHに対して阻害剤使用中にND発症の報告があることから、注意が必要である。 |
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| 参考文献 | 症例数(rND/cND) | 分子標的薬の種類 | 投与期間 | 併用療法 | NDの転帰 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 4 (0/4) |
Vem or Dab (n = 3) Dab/Tra (n = 1) |
2-25か月 | chemotherapyと交替で投与した症例あり | MRI:3例で改善(1例でCR) 症状:3例で改善(1例でCR) |
| 2 | 5(2/3) | Dab (n = 4) Tra (n = 1) |
4-8か月 (継続中) | なし | MRI:3例で改善、1例は不変、1例は悪化 症状:2例中1例は改善、1例は不変 |
| 4 | 13 (2/11) |
MAPK inhibitor | 中央値12.4か月(0.6-44.6か月) | 一部あり(詳細不明) | MRI/症状:12例がPR、1例がSD |
| 5 | 8 (0/8) |
Vem (n = 4) Dab/Tra (n = 3) Tra (n = 1) |
MRI:2例がPR、4例がSD 症状:1例が改善、6例が不変、1例は悪化 |
||
| 6 | 7 (4/3) |
Cobi (n = 3) Dab (n = 3) Dab/Tra (n = 1) |
4-12 か月 | Ara C or Clo | MRI:6例がCR or PR 症状:3例中3例で改善(2例は治療終了後再燃) |
| 7 | 1 (0/1) |
Tra | 9サイクル(期間不明) | Ara C | MRI:改善 症状:正常化 |
| 8 | 3 (2/1) |
Vem | 中央値24か月 | なし | MRI:不変 症状:不変 |
rND: radiological neurodegenerative disease, cND: clinical neurodegenerative disease, Vem: vemurafenib, Dab: dabrafenib, Tra: trametinib, Cobi: cobimetinib, Ara-C: cytarabine, Clo: clofarabine