認知機能は、患者の日常生活の質や治療に対する反応、さらに「その人らしさ」を含めた社会的適応能力に直結している。これらは、患者が就学と就労を含む自立した生活が送れるかどうかに影響するため、その評価は治療計画において非常に重要なプロセスとなる。
他の小児がんと同様に、ランゲルハンス組織球症(LCH)の治療後に、認知機能への影響が現れることがある。これまで、日本だけでなく国際的にも、認知機能の評価の対象として十分に認識されてこなかったが、最近はいくつかの研究結果が出始めている。
Nanduri らは、中枢神経病変のある多臓器型LCH患者は、知能指数や認知機能に障害が見られることを報告した1)。Guennecらは、神経変性症を続発したLCH患者において、実行機能や記憶、注意力に障害があり、短期記憶は比較的保持されていることを示した2)。
Hanらは、LCH患者において特定の脳領域で血流の低下が観察され、認知機能に影響を与える可能性を示した3)。
また、Dhallらは、クラドリビン(2-CdA)は中枢神経系に病変のあるLCH患者に対して有効であり、病変の縮小が確認された一方で、認知機能障害の回復が見られないと報告している4)。
これらの研究結果は、LCH患者における認知機能への影響を理解し、適切な治療計画を立てるための重要な情報を提供している。LCHにおける認知機能障害は、他の小児がんと共通する部分もあるものの、疾患特有の免疫細胞の異常増殖や特定の部位への直接的および間接的影響により、障害の現れ方や回復過程に違いは見られるのかもしれない。
今後の研究により、LCH患者の認知機能障害の早期発見や改善方法が明らかになり、より良い治療と支援が提供されることが期待されている。
認知機能評価の目的は、大きくわけて三つある。第一に、認知機能障害の早期発見である。患者が認知機能の低下を自覚していない場合でも、早期に評価を行うことで早期介入が可能となり、進行の抑制や生活支援が行いやすくなる。第二に、治療効果のモニタリングである。治療によって認知機能が回復あるいは悪化しているかを追跡するための指標となる。第三は、予後予測である。認知機能評価を通じて、患者の将来的な生活や自立度を予測し、適切な支援やリハビリテーションを計画するために重要である。
認知機能障害が懸念される時点から支援を導入することで、患者と家族が自立できているという感覚(自信)を失うことなく生活が送れるようになり、生活の質(QOL)を保てると考えられる。
| 内容 | |
|---|---|
| 1.早期発見 | 患者が認知機能の低下を自覚していなくても、早期評価で介入が可能となり、環境調整や支援がしやすくなる |
| 2.モニタリング | 治療による認知機能の回復・悪化を追跡する指標として活用する |
| 3.予後予測 | 将来の生活・自立度を予測し、支援やリハビリ計画を立てる |
臨床面接と医療記録のレビューを踏まえて、医師は検査をオーダーする。臨床面接では、医師や検査者が家族と患者本人の主観的報告(主訴)を把握する。主訴になっている困難は、視力、聴力、意欲の問題に起因していないか、検査等により事前に確認しておく。
検査者は、医療記録から認知機能が障害されている可能性があるかどうかのリスクを読み取る。臨床面接による本人と家族からの主訴と、医療記録から懸念される医師の質問に対して、検査者は検査により原因を追究し、主訴に対する答えを出す。
認知機能の評価には、複数の検査を組み合わせて(テストバッテリー)、多面的に評価する。
LCHの認知機能障害のリスク因子としては、腫瘤の部位(下垂体、視床下部、脳幹、脳実質)、放射線治療、化学療法、若い発症年齢、中枢神経変性症(LCH-ND)が報告されている。
LCHを含む小児がんの治療後、認知機能障害は学校生活において以下のような形で現れることがある。現れる内容や現れ方は、患者によって異なる。
国語、算数、理科、社会など、試験が課される科目において困難を示すようになり、病前に取れていた点数が試験で獲得できなくなる。
着替えが遅い、給食を食べるのが遅い、登校や下校の準備が遅い、授業の準備が遅いなど、学校生活のスピードに圧倒されて、ついていけなくなる。黒板をノートに写していても、書き終わる前に消されてしまうことがある。特に新しい課題に直面したとき、ペースについていけずに、課題を完了する前に授業時間が終わってしまう。
会話に参加できなかったり、適切なタイミングで応答ができなかったりすることがある。その結果、物静かな子どもだと誤解される。
家から持ってくるものや学校から持ち帰るものを忘れたり、学校の宿題や人から頼まれた用事を忘れることが頻繁にある。
聞き洩らしや聞き間違いの瞬間は他人からは分からず、その場で訂正してもらえることが少ないため、患者は誤解や勘違いしたまま、間違った行動を取ることがある。本人は、往々にしてそれが聞き洩らしや聞き間違いに起因するとは気づいていない。
読み書き障害は生まれつきの特性であるが、晩期合併症があると、作業が遅いことが原因で、読み書きや計算も遅れがちになり、学業についていけなくなる。
検査結果は、疾患や病巣との対応を確認し、心因性の要素はないかを検討したうえで、主訴への回答を導き、認知的強みと弱みを特定する。
第一に、年齢に見合った認知能力かどうかを確認する。
第二に、弱みを引き起こしているメカニズムを特定する。LCHの病変に伴う、認知機能障害の進行が予想される場合は、経過観察の時期を示す。
第三に、弱みを補うための支援を提案する。他機関への紹介が必要かどうかを判断し、必要であれば紹介先も案内する。
LCHを含む小児がんにおける認知機能障害は、心理検査/知能検査において以下のように現れる。
知的能力全般が低下している可能性があり、その場合、知能検査のIQ(WISC-IVあるいはVではFSIQ)が低くなることがある。また、読み書きに困難を感じている場合は、読み書き障害の検査(Straw-R)で低い得点が現れることがある。
WISC-IVあるいはVの処理速度指標(PSI)が低くなる可能性がある。片付けや着替えが遅い場合は、WISC-Vでは視空間指標が低く、患者は上下左右や形の捉え方が苦手であるかもしれない。
話題を理解する言語能力が低いことが原因であれば、WISC-IVあるいはVの言語理解指標(VCI)が低くなる。そうではなく、話題を記憶しておく超短期(作業)記憶が弱いことが原因であれば、WISC-IVあるいはVのワーキングメモリー指標(WMI)が低くなる。あるいは、WISCには現れない場合もあり、そのときは主訴に応じて他の検査が必要になる。
WISC-IVあるいはVではワーキングメモリー指標が低くなる傾向がある。
WISC-Vでは聴覚ワーキングメモリー指標(AWMI)が低くなることが多い。注意力の弱さによる聞き洩らしの場合は、DN-CASの注意力得点が低くなる。
WISCではなくKABC-IIという習得検査や読み書き障害の検査(Straw-R)でも調べられる。ただし、KABC-IIは国内の検査であるため、国際比較はできない。
サポートの第一歩は、患者の認知的強みを活用して弱点を補うことである。心理検査/知能検査の結果を踏まえ、患者は教室での内容変更(modifications)や教員による合理的配慮(accommodations)を求める必要がある。
合理的配慮とは、患者が学校で学びやすくなるように、授業方法や評価方法、サポートを特別に調整することを指す。
その際、以下のようなサポート内容を記載した個別の教育指導計画および教育支援計画を作成してもらうように患者が学校に依頼する。
検査者は知能検査の結果を基に、知的能力の推定年齢を算出し、その年齢に応じた学年から学習を再開できるように、患者は能力に応じた目標を再設定する変更(modifications)を学校に求めることができる。具体的には、通常のカリキュラムの内容の難易度を下げることが検討される。
また、知的能力が境界例(FSIQが75または70以下で、日常生活に困難あり)である場合、通常学級に在籍しながら特別支援級に通う(通級)ことで、学業不振が改善されることがある。しかし、学年相当が2学年あるいはそれ以上低い場合、通常学級の授業についていくのは非常に難しく、特別支援学級への転籍や特別支援学校への転校といった進路の見直しが必要になることが多い。同時に、知的障害の社会福祉手帳の該当者かどうかも確認し、該当者には速やかに手続きを進めることが重要である。
授業や試験での制限時間の延長による評価的配慮(assessment accommodations)を求めることができる。ただし、作業が遅いという理由だけで時間延長を申し出るべきではない。知的能力の水準や他の指標を確認し、時間を延長することで本人の理解の表出が得られると判断される場合に限る。そうでない場合、本人が表現すべき内容を持たない状態でむやみに時間だけが延長されると、苦痛や疲労が増し、ほかのパフォーマンスも低下するからである。
相手に簡単で短い言葉を使ってもらったり、「もう一度言ってもらってもいい?」と尋ねるように患者にガイダンスする。話し手が図や表を利用するのも助けになる。
持ち物のチェックリストをつくって、学校に行く前に確認をしたり、学校ではだれかと一緒に確認してもらうのも助けになる。これは、本人と家族と学校で予防的介入として実施する。
環境的配慮(environmental accommodations)として物理的な環境の変更やサポートをしてもらう。具体的には、患者の教室内の座席を窓、騒音、換気、騒がしい生徒等から離してもらったり、集中して聞ける静かな場所を提供してもらったりする。授業をボイスレコーダーを使って録音させてもらう。
検査結果で示し、指導的配慮(instructional accommodations)を求める。指導的配慮とは、患者が学習し、カリキュラムを進めるために必要な教育方法の調整を指す。例えば、書字困難があれば、課題をタブレットに音声入力できるように、音声認識ソフトウェアの使用を認めてもらう。マルチメディア教科書、情報通信技術(ICT)の読み上げ機能や計算アプリを利用できるようにしてもらう。タブレットで黒板を撮影し、内容の理解に時間をかけるように学校に相談するよう患者にガイダンスする。
LCHによる認知機能障害が進行する場合や不可逆的な場合(LCH-NDを含む)でも、早期に診断を行い、適切な認知リハビリテーションや教育支援(特別支援教育を含む)につなげることで、患者の生活の質(QOL)の改善が期待できる。
すでに認知機能に障害がある場合でも、早期に支援を受けることで学業や社会生活での適応をサポートし、患者が自信を失うことなく、自立した生活を維持できるようにすることが可能である。
望むべきは、退院時に認知機能の評価を行い、その結果に基づいて知的な能力の低下が認められる場合は、教育や就労先に内容変更(modifications)と合理的配慮(accommodations)を求めることである。知的能力の低下がなくても困難がある場合は、合理的配慮を求めることができる。
また、定期的に認知機能を評価することで、患者の今後の治療や支援に必要な情報を得ることができ、予後予測ができる。認知機能の検査所見を通じて、認知機能の低下が認められたときに、家族と教育関係者がどのような助けを患者に提供すればよいのか、あらかじめ伝えておくこともできる。
これにより、どのように生活を支援すべきかを計画し、医療や社会資源をあらかじめ準備しておくことができ、患者への継続的なサポート体制を整えることにも繋がる。